レット症候群のABC
レット症候群って何?
レット症候群(RTT – レット)は、アンドレアス・レット教授によって1966年に正式に発表され、女性に起こる重度の学習障害のもっとも一般的な原因です。自閉症で起こった一連の出来事とおなじく、1983年にベングト・ハグバーグとそのチームが英語誌に35例の発表をするまでは、その症状の多くは見過ごされていました。1990年代のはじめに、重度の神経学的障害と、特徴的な繰り返し行う手の動きの現れがピークを迎える退行期の典型的な症状が、世界中で認識されるようになりました。家族性である症例は1%未満で、同じ障害をもった個人が同じ家族内で再びあらわれることはごく稀です。しかしながら、この障害をもつ男子が確認できないこと、また、いくつかの家族に、この障害をもつ異母姉妹が存在する例があることから、男性に致死性のX染色体に関係する優性遺伝子が関係するという手がかりが得られました。1999年にルーシー・アミールらがXq28のMECP2遺伝子の突然変異を発見し、この仮説が検証されました。そして、遺伝子型と表現型の相関関係はじめ、神経病理学、神経化学や中枢自律神経障害の基礎の研究に、新たな道が開けたのです。
MECP2 : 矢印で示す箇所がMECP2のXq28で、レットの突然変異が頻繁に起こる部分です。
臨床診断
MECP2遺伝子の発見に先立ち、診断には以下の基準を満たす事、そしてそれぞれに適応することが求められていました。
重要な基準
- 明らかに正常な出生前期
- 生後5 - 6ヶ月に起こる正常な初期の発達
- 出生時の頭まわりは正常だが、その後頭部の成長が遅くなる
- (生後6ヶ月から2歳半に)意識的におこなう手の機能が消える
- 典型的で独特な手の動きが現れる
- 手を使う、飲み込む、コミュニケーションの能力が退行し、認知機能障害が現れる
- 歩行の機能障害、歩行の現れや、体幹失行(わかっているのにできない)
その他、以下が基準に含まれます;無呼吸と過呼吸の継続をともなう呼吸機能の異常、EEGの異常と発作、抹消血管障害、脊椎側湾症(せきついそくわんしょう)、発育遅えん。
遺伝子の突然変異が見つかっている症例は約90%にとどまるため、臨床診断が不可欠です。遺伝子診断により、典型的ではなく「特殊」と分類される患者に見られる広汎発現型を認識する事ができるようになりました。今では、そもそも退行期以前の発達が正常ではないことが多くあり、それを発達で補うか補えないかの条件により、退行が早く起こる、遅く起こる、または全く起こらないという個体差がでることがわかっています。低度の症例では、頭部の成長に遅れは見られず、典型的な手の動きの現れも最小限でしょう。運動機能も維持され、ときどき話すこともあります。広汎性発現型の女子の存在がわかっているように、障害をもつ少数の男子の存在もわかっています。
遺伝について
突然変異がある父方のX染色体は、息子にではなく娘に継がれることから、
新生の遺伝子突然異常が起こる高い父親:母親の比率に、障害をもつ男子の発生率の低さを説明するヒントがあるのではないかと研究者は予測しています。そして、MECP2の突然変異の95%近くが両親の生殖細胞によって引き起こることが判明し、現在はこの予測が正しいと証明されています。
MECP2の突然異常の部位が見つかっていないのは、現在の検査の限界、もしくは、異なる遺伝子の突然変異が存在するため、その結果として同じような障害が起きている、またはその両方だということの反映かも知れません。例えば、レットと大きく重複する臨床的表現型の患者にCDKL5とFOXG1遺伝子の突然異常が確認されたのは最近になってからですが、これは生後6ヶ月に見られる初期の発作の発病として特徴づけられています。
検査について
- レット症候群の症状が出ている場合には、例えMECP2の突然異常が判明していない場合でも、臨床的にそうであると診断されるべきです。
- レット症候群が疑われる人には、例えすべての基準を満たす診断がない場合でも、遺伝子検査を行うべきです。
- 典型的ではない症例でMECP2に異常が見つかる可能性は、典型的なレットに比べて低いです。
2番目に生まれる子供がレット症候群である確率は1%程度であることが、可能性が疑われる稀な2つの症例からわかっています。その1つには、併せて生殖細胞の突然変異(生殖腺のモザイク現象)がありました。そして、もう1つの症例では、母親が体細胞のモザイク現象、または歪んだX染色体不活性化により、障害は持っていたが無症状のキャリアであったことがわかっています。子供のMECP2の突然異常が見つかった場合、両親(特に母親)に遺伝子検査をすすめることがあります。この検査によってさらに生殖細胞の突然異常を除外することはありませんが、再発のリスクが低いにも関わらず、次の妊娠の際に両親が羊水検査を希望することが時折あります。MECP2の突然異常の発見というヒントも得られず、また、子供の症状が典型的ではない場合では、2番目に生む子供が障害を持つ確率を数値でだすことはさらに難しいでしょう。
両親は、自分の子供がもつMECP2突然異常を具体的に確信するために、さらに詳しい情報を求めるでしょう。遺伝子表現型の相関関係は、より大きなサンプルのサイズに基づいて総括化されるため、解釈は慎重に行われるべきです。それを念頭にふれ、以下にこれまで研究を挙げます。
- 障害の程度は通常、p.R133Cの突然異常では低度ですが、p.R255Xとp.R270Xの突然異常ではより重度に現れます。
- ミスセンス突然変異と後期の短縮型変異のケースよりも、初期の短縮型変異の方がより重度の症状を示します。
- ミスセンス突然異常と初期の短縮型変異のケースに比べて、後期の短縮型変異に現れる症状は典型的であることが少ない。これは、MeCP2タンパク質の大きな残存機能を反映しています。
- ミスセンス突然異常は、穏やかな症状を引き起こすようです。
- 上記のすべては、歪んだX染色体不活性化によって異なります。
脳の遺伝子
レット患者の脳の重量は軽く、とくに前頭葉、側頭や脳幹の部分で樹状突起の枝分かれの減少と、樹状突起棘の減少の影響が見られます。この分布は、障害の臨床的特徴や相対的に弱い視覚機能と一致しています。
病理学的な発見を理解するうえで、MECP2の突然異常の発見がどのように役に立つのでしょうか?MECP2遺伝子はMeCP2タンパクをつくり出す役割を持ちます。つくり出されたタンパクはその後、回路を流れる他の遺伝子をシャットダウンする制御機能を持ちます。これら「二次的」な遺伝子の転写を終わらせることの失敗が、レットの患者で見られる臨床的特徴をもたらす、と考えられています。遺伝子の発現と脳機能の正確な関係はわかっていませんが、MECP2がニューロンの成熟とシナプスの形成に不可欠であるということが複数の研究によって示されおり、神経の成長や伝達に関わる様々な他のタンパク質を介して作用(BDNF, MAP2, UBE3が可能性のある物質の候補としてあげられます)していると考えられます。どちらにしても、正確な仕組みは複雑で、これらに対する徹底的な研究が必要です。
2007年の報告と、2009年のレット症候群のマウスモデルにおけるMECP2の再活性化の逆転的な修正の報告はこの分野で大きな波紋を呼び、多くの家族に希望を与えました。Rett UK基金による本研究はこれに基づいて構築され、研究を薬や治療法の臨床試験実施へと進めさせたことで、将来の解明につながる可能性があります。
治療について
根本治療がないため、現在行われる治療は対症療法です。重要なポイントは2つあり、1つは状態に対する家族の理解、2つ目は、主要な臨床的問題に対して取られる多くの学問領域にわたる手段を家族が受け入れることができるように、サポートをするということです。ジャンルを超えて完全に細分化するためには、多くの学問領域を含むチームの各メンバーによる介入が必要です。また、臨床治療の大部分は、重度で多岐にわたる学習障害をもつ他の子供に施されるものと似ている、ということを知るのが大切です。従って、症候の5から10%に対する理解は深まりましたが、レット患者はそれぞれに異なり、多岐にわたる重度の障害を支援するプロフェッショナルのチームでは、その時必要なアドバイスと、更に専門的なサービスの提供など、質の高いサービスを家族に提供することができるようになります。以下では、知っておくべき問題や注意点をいくつかあげます。
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てんかん
診断の上で主要なリスクです。てんかんはよく見られ、65%に近いレット患者が患います。息をとめる、反応がない、ジストニア様(筋緊張異常)症状や、胃食道逆流による激痛など、発作を疑わせる出来事はたくさんあります。明確なてんかんと、様々な他の出来事を並んで抱える患者の場合は、状態を管理することがより難しくなります。疑われる際には、多薬併用に頼るまえに、EEGモニターの記録や専門家の意見を求めるべきです。
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脊椎側わん症
レット患者の過半数でみられます。初期の低血圧をもつ患者はとくにリスクがあります。非対称の脊椎可動性が見つかった際には、直ちにレントゲン撮影を行い、背骨を注意深く経過観察するべきでしょう。レットの症例を扱った経験のある整形外科医の積極的な関与は重要で、また、固定具の早期使用も検討されるべきでしょう。理学療法や水治療法の積極的な取り入れは重要で、可能であれば乗馬プログラム(乗馬療法)も加えて取り入れると良いでしょう。
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栄養
レットの患者は、成長不良のリスクを一生涯かかえますが、思春期や若い成人の体重減少も特徴的です。運動障害や嚥下障害、そして通常よりも高いカロリー必要量の組み合わせが、若い成人に代謝不全を起こすと見られます。子供から大人へと移行する時期に綿密なモニタリングがより困難になる可能性があり、警戒が必要です。
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動作
自力歩行ができない患者もいますが、例えできる様になった患者でも、思春期か若い成人の時期に歩けなくなるリスクがあります。食事や栄養価の問題と同様に、診察や治療が大幅に減る年齢や時期があるので、先を見越して運動能力を維持することが必要です。
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コミュニケーション
レットの患者は交流に意欲的で、彼らの最も得意なコミュニケーションの取り方は、コミュニケーション支援ツールの使用よりも、直接的な方法(視線を合わせる、など)です。特に音楽に良く反応をするので、コミュニケーションや社会的相互作用をサポートするうえで、音楽療法からは多くの効果が得られます。
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叫ぶ
叫ぶ行動は、特に若い成人期に問題になることがあります。潜む原因に対する慎重な評価を行うべきで、それには、感染や痛み(虫歯、月経困難症、異常な逆流、圧力が加わっている、などによる)が含まれることがあり、基本的なことの考慮が大切です。実証的な治療法としては、環境の補整や、鎮痛剤、抗うつ剤、夜間の鎮静剤、もしくは、最近の報告では、一般的なトランキナイザー(鎮痛薬)の適切な試験的使用が含まれます。
Rett UKは1986年に設立した国の非営利事業です。レットの患者や彼らを支援する専門家などへの支援や情報の提供を目的としています。
私たちの目的とは;
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家族と介護者を支援することで、レット症候群の患者が最良の診断、治療や介護がうけられることを確立する。
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レット症候群を科学的、治療的、また社会的に確立するように推進し、支援し、促進する。
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レット症候群そのものや、レットの患者やその家族、介護者が抱える問題に対する認知度を上げる。
私たちの活動には、3ヶ月に一度発行される雑誌や、週末の家族の集い、英国内の自立支援グループなどがあり、地域の連絡網を通して個々へのサポートをおこないます。Rett UKの家族支援マネージャーは支援や助言、情報提供を家族や介護者、専門家に積極的に提供します。Rett UK基金は、国際的な提携で研究や業務を行います。私たちの収益は寄付金と助成金に頼ります。
資料ソース
ABC of Rett Syndrome: A General
Introduction
By Dr Hilary Cass, Consultant Paediatrician
翻訳/編集;片目のにゃみ姉