レット症候群の幼児患者へのサポート方法
幼児期(1歳半から6歳ないしは7歳まで)は、レット症候群の子供たちが最も学習し、同時に症状によって発達が中断されてしまう時期(退行期)でもあります。医療の専門家にとっては、彼女が困難に苦しむこの時期に手を差し伸べ、必要なサポートを提供することができる最初のチャンスであり、また、障害の進み方を変えることができる、最も早いチャンスでもあります。この時期、家族は、おそらく一生涯にわたり必要になるであろう介護依存や、子供の発達の限界を目の当たりにし、とても大きなストレスを抱える時期です。家族もまたサポートを必要としているのです。
ほとんどのレットの子供は、1から2歳までに重度の障害をもつようです。はじめのサインである鎮静(しずかさ)や、動作に見られるわずかな異常は、出産後から存在するでしょう。しかし、レット症候群であるという特定の診断が出されるのは、通常は退行が起こったあとであり、5歳を過ぎることもあります。発達障害を早期に疑い、レットの変異原性試験(遺伝子検査)を希望される方がますます増えるに従ってこのような状況は変わりつつあり、退行前に診断を行うケースが増える傾向にあります。つまりは、協会は、ショック状態にあり、信じられない思いや怒り、自己喪失など、深い悲しみの初期の段階にある家族のサポートを要請されるという事です。協会には、サービスを提供するうえで重い責任と大きなチャレンジを与えられるわけです。
レット症候群である幼児の脳を知ることで、かなり詳しく問題を理解することができ、その分野に対する徹底的な研究が新しい見識をうみだします。MECP2の突然変異は正常な脳の発達を限定的(局所的)に中断させるため、選択的に異常がおこる機能があるなか、正常に維持される機能も同時に見られます。このように、正常な成長が妨害とともに進むと、学習の障害に特有のパターンが起こります。現在、レットに対する研究の目的は、影響を受けた遺伝子の発見を成功させることから、基本的な思考、しぐさや行動などの伝達を脳内で試みる成長期におけるニューロン(脳神経細胞)の異常の解明へとすすんでいます。これから得た知識によって、異常に対して集中的な介入を発展させることができ、完全な予防も可能になるかもしれません。後ほどBronwen Burford医師が話すかもしれませんが、彼の研究の中心は、赤ちゃんの行動を詳しく調べることです。ここでは、他の研究で解明された事について簡単に説明し、また、実際に行うケアに役立つガイドラインを紹介します。
レット症候群の患者の脳の発達は通常に比べて低く、多くの場合、成長が失われる現象が起こるのは2歳までです。発達の不良は部分的に解明されており、特に思考としぐさに関わる場所のニューロン(脳神経細胞)の間にあるべき正常な伝達が行われない事が原因であると分かっています。いくつかの重要な神経伝達物質や増殖因子が邪魔されており、現在、私たちはどの変化がはじめに起こるのか、そして、どれが初期の欠損による単純な結果であるのか、という事の解明を行っています。脳の発達に重要な物質であるBDGF(脳由来成長因子)、P物質やセロトニンなどが初期に阻害されているのです。
幼児に退行が起きているときには、グルタミン酸塩の値が異常に高くなる、という新しい有力な証拠が得られています。この神経伝達物質は脳がつくり出し、刺激による値の上昇は正常な脳の急速な成長と一致します。レットではすでに発達の可能性が減っているので、これらの高い値は意味をなさないでしょう。そればかりか、正常に反応することができないニューロンにストレスを与え、子供に混乱と苦痛を与えます。早い時期に行う治療の目標は、退行期の改善や予防です。
私の望みでもありますが、退行が起こる前にもっと多くの子供達が識別されることによって、ストレスの多いこの時期にニューロンを薬でサポートすることを治療の課題とする正式な臨床試験が、主要なセンターによって大規模に行われることを可能にするでしょう。また、北京で行われた最も新しい議論と発表をうけ、レット症候群である幼児には、薬事法で医師に勧められる用量の(ビタミンEを含む)ビタミン剤を与えるべきであると、私は考えます。また、血中に含まれるL-カルチニンの値が低い場合には、これも与えるべきでしょう。これらの対策が、ストレスを受けたニューロンをサポートするでしょう。私は現在ある試験薬、先祖代々受け継がれる薬やハーブなどの使用は避けるべきであると申し上げます。安全で有効な用量が確立され、子供にとって害がなく助けになるものであるという、明らかな証拠が承認された試験によってえられるまでは避けるべきだと考えます。
幼少期の脳は、学習と回復においてとても大きな発達能力を持ち、それはレット症候群によって発達に制限がある場合でも同じです。幼児には、顔と顔を合わせる接触や、やさしくなでられること、コミュニケーションのサウンド、また、彼らが声を使う、物をさがす、手をさしのべるといった、新しいスキルを使おうとすることを後押しするはげみに対して反応するよう組み込まれており、これらはすべて、満ち足りた親や親族が、自然に赤ちゃんと一緒に行うことです。レットの幼児や赤ちゃんを育てる上で一番良い方法とは、程度に関わらず、子供がいつか発達の限界を迎えるだろうという事を受け入れ、彼女(もしくは彼)の自然体を個性として楽しむことです。そして、このような障害を持たない子供と比べてみると、レットの子供達の発達の向上はより多くの努力と成功によるものであるという事に気づき、それを喜ぶことです。レットの患者にとって、コミュニケーション能力は一生を通して強みになり、良いコミュニケーション能力の基礎は、その子の発声能力の発達のレベルに関わらず、赤ちゃんの頃からの顔と顔を合わせた接触や、ふれあいの経験で積み上げられます。子供にとって、早い時期の人間関係は、とても大きな価値になります。楽器の音にはとても特別な呼びかけの力があり、コミュニケーション手段として、また、対話(なげかけと反応、交信)や体の動きを発達させる、心を安らげるなどの効果があります。音楽療法は、子供から大人までのすべてのレット症候群の患者にすすめられます。
もちろん、レットの子供達を助ける方法は他にもありますが、それらには、特別な障害に対する理解と知識がともないます。大切な事は、すべての人において障害のパターンは非常に似ており、MECP2の突然異常が見つかり、発達の遅れがある乳幼児の重症度における将来の予想は、良く動き発声するというほぼ正常な程度から、とても重い障害を抱えるという程度までと、かなりかけ離れるという事を理解することです。MECP2の突然変異のタイプと、その遺伝子が体のどの部分で使われているかという事が重症の程度に影響します。地域の遺伝子専門家や小児科の神経学者などでこれらについての議論が行われるべきです。また、彼らは、レットの家族における再発のリスクについてすでにわかっている事を説明してくれます。嬉しいことに、多くの家族におけるリスクは低いです。
レットの退行期は、おそらく、患者本人とその家族にとって一番困難な時期でしょう。3歳までに数週間から数ヶ月続き、その間は特に手の使い方や発声といった、すでにできるようになったスキルが衰えたり消えたりし、子供はイライラして呼びかけに対する反応が少なくなるでしょう。しかしながら、うれしい事に、レットの子供すべてにこの退行期があるわけではありません。少数の重度の障害を持つ子供における新しいスキルは失われる事はありませんが発達率は減り、わずかなスキルは向上しますが、失われるものは見られません。退行期は困難ですが終わりがくること、そしてその後は、発達における初期の妨げの結果としてレット症候群の影響による重度の障害があるにも関わらず、子供はもっと積極的にコミュニケーションを取りたがるようになり、学習もでき、より幸せになるという事を家族が知っておくこと、支えになるでしょう。退行期の子供が一番よく反応を示すのは、子供が興味を持つ活動を励ます愛情のこもったやさしいケアですが、しかしそれは静かで、何かを求める様子は見えません。子供はしゃべらないと思いますが、それでも彼らに話しかけることは大切です、なぜならば、一般的には伝える力よりも理解する力の方が優れており、継続して接触をもつ事に意義があるからです。では、続いて退行によって現れがちなことを紹介します。
ほとんどの場合、姿勢を保つことが問題になります。筋肉の張力(垂直に引っ張る力という意味)を制御する脳が働かず、空間の中にある体の位置の把握が不十分であることが理由です。この障害は、はじめに筋緊張低下(筋肉の正常な緊張の低下、だらりとした状態)が現れ、その後すぐに筋緊張亢進(筋肉の正常な緊張の亢進、硬くなる状態)に変わります。体の動きが低下した結果、すべての関節が硬くなっていくのです。両親が子供にしてあげられる事は、動きに無理のない範囲で、最大限に子供の手足や背中をやさしく動かしてあげ、そして、子供が一人で動かすことを励ましてあげることです。プレイエリアなどのやわらかい場所や、暖かく、監視のいきとどいているプールなどは非常に効果があります。多くの子供は通常よりもだいぶ遅れて歩くことを学びますが、一人で、自分でうごく経験を多くつむことが後押しし助けるでしょう。理学療法のアドバイスが役に立つでしょう。
脳が持つ手の動きに対する制御が減らされるため、多くの場合、手を使うスキルに乏しく、無意識に繰り返される手の動きはとても多く見られます。両親は、子供がどうやって一番上手に手を使う方法を学んでいるのかを観察し、それがさらに上手くいくよう手助けをする事で、子供を助けてあげることができます。強制や抑制は無意味で、逆効果をうみます。ずっと擦るので皮膚が傷ついてしまう、また、手の動きを制限し調節することでのみ達成できる特有の事がある場合でのみ使われるべきです。また、レットの子供の多くには振戦(しんせん。震えのこと)が見られ、これがすべての体の動きに影響します。これも、脳が持つ体の動きや姿勢に対する制御の乏しさを示すサインです。十分に支える事ができる座席を使うことで彼女を助けてあげる事ができます。訓練を受けたセラピストが必要なアドバイスをしてくれるでしょう。
レットの患者の呼吸のリズムは乱れがちで、通常は、退行期の終わりに近づくにつれてよりあからさまになります。私は、もし家族がこのことをもっと早い段階で知っていたら、彼らが抱くであろう不安の多くを未然に防ぐことができるという事に気づきました。これは、脳が制御する自律性調節の異常が原因で起こります。子供はコントロールする事ができず、典型的な手とおなじく、イライラなどが悪化させることがあります。ほとんどの子供や大人はこの障害に慣れるようですが、仮に、失神や無呼吸(vacant spells) が見られた際には詳しく調べたほうが良いでしょう。なぜならば、現在は治療の開発が進み、有効な助けがみつかるケースがあるからです。Peter Julu医師はこの分野の先駆者で、現在はBreakspear病院の自律神経センターで活動しています。レット症候群の幼児で起こりがちな問題として、自律神経性無呼吸がてんかんと間違われて、抗てんかん薬を使って無意味な治療が行われることがあげられます。疑われる場合は、詳しい検査が必要です。
てんかんはレット患者の半数以上で見られ、子供が何かおかしいと気づくはじめの兆候となることもあります。てんかん発作が全身性になる(大発作)こともあります。そのような場合、診断は比較的かんたんで、自律神経性無呼吸との見分けがつかない時の手がかりになります。てんかんが起きているときに現われる脳内の障害や電気的信号のパターンは、EEG(脳電図、脳波図)でみられる、医学では「発作」と呼ばれる状態と完璧に一致します。もし、発作の最中に、EEGでこのような変化が見られない場合、全身の自律神経系のモニターではおそらく、自律神経的障害である可能性を示すでしょう。てんかんが起きたときは、通常は抗てんかん薬による治療が必要になり、多くの場合ではコントロールすることができます。また、年齢とともに落ち着くこともあります。
レットの幼児では睡眠の障害が多く見られ、睡眠リズムの研究は、脳の正常な「寝て起きるパターン」の発達の遅れを示しています。レットの子供の中には、メラトニン(脳から出る物質で、睡眠を導きます)が低い値を示すケースもあり、正常のパターンへの発達を促すために、継続的にメラトニンを与えることがよいかも知れません。しかし、もっと大切なことは、日中にできるだけたくさん活動し、「寝る時間、起きる時間」を習慣づける事です。子供には自分の寝室を与えて、必要であれば「みまもりアラーム」を取り付けましょう。
研究者に対して、複数のイギリスの家族から寄付されたビデオにより、退行期がはじまるまえにレット症候群を疑う方法を確立させ、また、退行期
の研究に多大な貢献をしました。
遺伝子確認の可能性と並んで行う早期に現れるサインの認識によって、レットの問題に対する治療や、最終的に問題の発展を止めるチャンスを得ました。また、現在私たちは、患者とその家族に対して早期かつ、より効果的なサポートを提供するチャンスを持っています。レット協会は、子供の障害との折り合いをつけなければならない家族に対して、引き続き早期のビデオ録画の提供の呼びかけと、レットの赤ちゃんの動きをおさめた録画を客観的に分析する研究への寄付を行うことで、この新しい発展の領域で多く貢献することができます。
Peter Julu医師
Breakspear
hospital
Hertfordshire
house, Woodlane, Hemel Hempstead, Herts, HP2 4FD
資料ソース
How can
we help the youngest ones with Rett Syndrome
Dr
Alison Kerr – October 2002
翻訳/編集;片目のにゃみ姉